米軍通信基地について


所沢の航空公園のすぐ横には、米軍の通信基地があります。
航空公園駅からも1〜2kmの徒歩約10分のところで、97万uの広大な敷地があり、ほとんどが平坦な草地です。


基地正面ゲート

ゲートのプレート
この米軍基地は、米軍横田基地の米第5空軍374空輸航空団に所属する送信基地です。

新座市と清瀬市の間に所在する大和田通信基地(受信基地)とともに横田基地と米軍航空機を結ぶ通信業務を行っています。

アンテナの種類

マイクロウェーブ鉄塔

横田基地と大和田通信所との連絡用のマイクロウェーブ用鉄塔

1基
LPアンテナ

航空機との通信用の指向性アンテナ

10基
ディスコーンアンテナ

航空機との通信用の無指向性アンテナ

13基

現在までの基地返還

返還 返還日 返還場所 返還後の施設
第一次
返還
昭和46年
6月30日
所沢基地の
通信施設部分を除く
1,918,831u
公園
運動施設
航空記念公園
所沢総合運動場・市民体育館
教育
文化施設
中新井小学校・美原小学校
美原中学校
所沢中央高校・所沢北高校
防衛医科大学校
所沢航空発祥記念館
所沢市民文化センター(MUSE)
児童館・公民館
厚生施設 厚生省身体障害者リハビリテーションセンター
労働省職業リハビリテーションセンター
児童相談所
行政施設 所沢市役所・所沢郵便局・法務局
県税事務所・税務署・所沢警察署
東京航空交通管制部
中国帰国孤児促進センター(宿泊棟)
環境庁研修センター・東部浄水場
住宅施設 住宅都市整備公団住宅・県営住宅・市営住宅
国家公務員宿舎
その他
施設
航空公園駅
東京電力・NTT・駐車場・駐輪場
第二次
返還
昭和53年
6月20日
通信基地の南側
97,593u
教育施設 並木小学校・並木東小学校
中央中学校
厚生施設 並木保育園
行政施設 簡易裁判所・合同庁舎
中国帰国孤児促進センター(研修棟)
第三次
返還
昭和57年
6月30日
通信基地の北側
13,525u
北側の既設道路の拡幅用地

返還活動について

第一次返還活動

昭和36年12月、市議会が返還要求の決議案をするとともに、市議会内に基地対策特別委員会を設置しました。

昭和42年3月12日には基地全面返還を求める「所沢基地全面返還運動市民大行進」を実施しました。
参加者は、市・市議会・各市民団体等総勢4,115名でした。

昭和43年9月には市内各界の代表者からなる「所沢市基地対策協議会」が発足しました。

以来、市・市議会・基地対策協議会の三者が、連携を図りながら政府関係機関や米軍に対し、繰り返し基地返還の要請や陳情を行いました。
その結果、昭和46年6月30日に第一次返還が実施されました。

第二次返還活動

第一次返還地の整備が進むに伴い、教育福祉関係の施設の確保が急務となり、昭和50年から通信基地の一部返還運動を展開しました。

その結果、昭和53年6月20日に第二次返還が実施されました。

第三次返還活動

交通対策の一環として通信基地の北側の既設道路拡幅を計画、その拡幅用地の要請を行ったところ、昭和57年6月30日に第三次返還が実施されました。

今後の返還

市・市議会・基地対策協議会の三者は、共に連携を取りながら基地の全面返還を最終目的としつつ、当面は部分返還を要望しています。

しかしながら、現在のところ返還については、厳しい状況です。

所沢市・所沢市基地対策協議会の資料より


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