「NO DOUBT」
1999 CHAGE&ASKA(6/12)
T0P/KINKYO / BACKNUMBERS /


僕は大学時代、タウン誌・キャンパス誌の編集のようなものをやっていたので、Adobeのイラストレータみたいなソフトでグラフィックを描くというようなことをずっとやっていた。この「おりおりのうた」のグラフィック(といえるほど立派なものではないが)も全部そういうソフトウェアを使って描いている。そういうグラフィックソフトの初心者が、フォントやオブジェクトに質感を持たせようとしてよくやる手法に、影をつけるという方法がある。つまり、

こういうテキストをなにかの見出しに使おうと思ったときに、てっとりばやいハナシ、これと同じテキストをもうひとつコピー&ペーストでつくって、薄目のグレーに着色して、背面に忍ばせるという方法だ。

こうするとお手軽だが、ちょいと立派”そうに”は見える。

なぜこんな事を書き出したのか。それはCHAGE&ASKAの良さっていうのは、まさにこの表に出てくるオブジェクトと陰影が織りなす質感の様なものだと思うからだ。シングルだけを聴いていると、常にCHAGEがグレーの役回りを負わされているような錯覚に陥ってしまいがちだが、アルバムを聴くと、CHAGEとASKAが表に出る派手なオブジェクトの役回りと、薄いグレーの質感担当の役回りを絶妙なハーモニーで、交互に演じている事が伝わってきて、とても面白い。それは、この二人の声質が、全然異なっていてそれでいて最高に相性がいいということに、主に起因するのだと思うが、それと同じくらい、二人それぞれの持つ根本的な音楽的志向の違いというのも、またお互い影と日向を演じ合うのに相性がいいということも言えるのだと思う。

CHAGE&ASKAの本当に久しぶりのオリジナル・アルバム「no doubt」を、僕は心待ちにしていた。とくに、昨年リリースされたCHAGEの初のソロ・アルバムの出来が良かったこともあって、更なる洗練された二人の声の、そして音楽性のコラボレーションが聴けると非常に楽しみにしていたのである。ところが、通して聴いてみると、ちょっと今回は違った印象を受けた。なんとなく、二人が寄り添ってしまったような気がするのだ。ソロ活動が多くなり、CHAGE&ASKAとしての活動がご無沙汰になったという物理的な条件とは相反して。

思えば、二人が本格的にソロ活動をはじめた時期、つまりCHAGEはMULTI MAXをたちあげ、ASKAは「はじまりはいつも雨」のヒットに始まり、「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」などのリリースを行っていた頃は、そのソロ活動から、二人の音楽性の相違が見て取れた。それは、詞世界がASKAのそれはひたすら優しく、強さを求めるにしてもソフティケートされた強さを表現していたのに対し、CHAGEはMULTI MAXで、そのからみつく様な声質とは裏腹に、あくまでストレートな音楽表現を行っていた。使う楽器の種類にしてもそうだ。CHAGEのそばにはいつも生楽器が、ギターがあったが、ASKAがソロでギターを自ら手に取ったのは、僕が知る限りソロ活動も半ば以降にさしかかってきてからだと思う。

この「no doubt」では、ASKA曲、CHAGE曲共に、はっきりと楽器の音を伝えることに重点が置かれているような気がする。もともと「フォーク演歌」とかいわれていた二人だから、生楽器や、バンドサウンドへの回帰というのはそれほど驚くべき事ではないと思うが、そうした音楽性の歩み寄りが、かえって先に述べた「影と日向の妙」をスポイルしているような印象が否めない。ヴォーカルだけが入れ替わってしまっているような、一体感はあるのだが聴く楽しみという点ではいささか退屈になってしまう印象を抱かされてしまうのだ。それなりに詞などを読めば、アルバムとしてのストーリーというか、ヤマ場はいくつか設定されているようなのだが、全体的に平坦な感じがしてしまう。ドラマティックな感じがないのだ。

そういう反面、詞を味わうのを好む向きにはこのアルバムはそうとういいのではないかと思う。ASKAもCHAGEも枯れていない、いい詞を書いているなと思う。そこには歩み寄りは見られない、それぞれの世界が繰り広げられている。特にM1の「no doubt」はASKA味の良さがたっぷりの詞である。詞の根底にしっかりと流れる男の感傷と視覚的な表現は、ASKAの書く詞が好きな人をしっかりとらえて離さないのではないかと思う。
「僕の物を 君が自分の物のように 使うことが訳もなく嬉しかった」
なんていう一節は、いいところをついてくるなあという感じである。思わず自分の胸に手を当てて昔を、もしくは今を想ってしまう。

今年はCHAGE&ASKAの節目の年でもあり、この一作が今後の活動の行方を占ってくれるという見方もあろう。しかし、僕が聴いた限りでは、CHAGE&ASKAは、またも幾度目かのターニング・ポイントを迎えているのではないかと思う。音楽的・サウンド的に寄り添ってしまった二人が、果たしてこれからどういう方向性のものをクリエイトしていくのか、予想の足がかりとしては楽しいアルバムではあるが、ここに来て思い切ったターンを切ることが出来るほど、二人にある意味でいう「若さ」が残っているのか、そこは心配なところでもある。


ぶんせきは
KENTARO