「Save Our Ship」 (10/22)
浜田省吾 2001
T0P/KINKYO
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感動的な出来のニューアルバム。僕は聴きながら、「すごい」を連発してしまった。浜田省吾は、その音楽のスタイル、そしてミュージシャンとしての地位 も確立されて、もう足元は固まりまくった今年デビューしてから25年も経つベテランである。僕は彼の黄金期というか、若かりし頃のサウンドをリアルタイムで聴いたことはない。後年になって遡って聴くようになったのだが、彼はこの手のベテランアーティストの多分にもれず、ファンは熱狂的だがその他はゼーンゼンという状況が長く続いてきた。1998年から今年までの足掛け4年の壮大なライヴ・ツアー「ON THE ROAD 2001」を敢行するなど、近年は精力的に活動していたものの、メディアへの露出も余りないためか、一般 に対する活動アピールは非常に薄い。それはもう、小田和正や井上陽水とは比べ物にならないくらいに薄い。
ベテランのアーティストになると、アルバムを一つ聴いても「手を余して創っている」感が強くなってくるのが常だ。そのミュージシャンの色が既に出来上がっているために、ある意味どんなものをくり出していけば「限られた」そのミュージシャンのファンを満足させることができるかが見えてくる。そこで手だれのアルバム製作になってくる。結果 として、例えば小田和正でいうならば昔僕が書いた「こんな日だったね」のような作品が出来てきてしまうのである。浜田省吾のこのアルバムのすごさは、そうした「手だれ」の良さと、ミュージシャンとしての試み・挑戦のバランスが、ベテランとしては考えられないほど高いレベルで取れているということである。デビューしてまだそんなに日の経たない頃の、「今度のハマショーはどんなアルバムで来るのだろうか」というワクワク感を、確実にファンには取り戻させてくれるだろうし、そして浜田をあまり聴いたことのない人々には、今までのステロタイプな浜田省吾像を塗り替えさせられるような衝撃をもこのアルバムは与える。
5年前の前作「青空の扉」は、極めて浜田省吾的なテイストを煮詰め煮詰め創った、ある意味内省的な作品とも言えた。それは僕も好きなアルバムなのだが、しかしそれは「浜田省吾的」が好きな僕だから好きなのであって、外からのリスナーに大しては必ずしも敷居が低くはないものであった。おそらく、長年のキャリアを持つことのウィークポイントだと思うが、25年間経った後、まとまった数の新しいリスナーを振り向かせる事は非常に難しく、いかにこのアルバムの出来が良いにしても、セールス的には今までのアルバムとそう変わったものは残すことができないかも知れない。しかし、25年のキャリアの上で、このようなアルバムを出して来れることにまた、大きな意味もあるのである。
M1の「青空」、以外と言えば意外なヴォリュームのある曲で始まるこのアルバムは、最近日本のミュージシャンがアルバムを製作する際にないがしろにされがちである1枚のアルバムのストーリー性、まとまり、曲と曲の繋がりと言うものの重要性を強く感じさせてくれる。曲順と言うものがいかにアルバムの印象を大きく左右するかということを、ある者には思い起こさせ、ある者には新鮮な事として認識させるのである。M2の「to be kissin' you」M4の「Love Has No Pride 」M7の「午前4時の物語」の3曲は、浜田省吾が新しい自分のグルーヴをつくり出そうと試みている曲である。浜田省吾は、今まであまり着ることのなかった洋服を、中身の自分を殺すことなく見事に着こなしている。特にM2のエッジの効いた音は、今までの浜田省吾にはありそうで、実は余りなかったといういいところを突いている。そうかと思うとM6の「真夏の路上」などはタイトルからして浜田省吾カラーである。サウンドもそれを裏切ることはない。M8の「あい色の手紙」もしかり。切なく遠いバラードは浜田の真骨頂と言っていい。特にその前の「真夏の路上」「午前4時の物語」からの連綿と続く物語を思って聴くと切なさも増す名曲といっていい。そして、最後の2曲は「モノクロームの虹」「日はまた昇る」。この4年間の浜田の「ON THE ROAD」を象徴するようにアルバムは終わる。
とにかくエネルギーが溢れている。これは25年のキャリア、48才という浜田の年齢がすぐに引き合いに出されてしまうが、「ベテランの割には良く頑張った」というレベルではない。間違いなく、今年のJ-POPのなかでは5本の指に入るようなアルバムである。
ぶんせきは
KENTARO