「約束しよう」 (6/29)
空気公団 2002
T0P/KINKYO
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「約束しよう」/空気公団 M1:灰色の雲が近づいてくる 空気公団WEB http://www.kukikodan.com/ |
天気の間を目指して出かけてみるのも たまにはいいだろ (M1「灰色の雲が近づいてくる」)
「たまにはいいだろ」は歌詞カードでは「いいだろう」になっているのだが、聴いてみれば「いいだろ」のニュアンスであるし、そんな風に解釈したい。1曲目のサビの最後に山崎ゆかりの声でこうささやきかけられると、とても素直に「そうだなあ」とつぶやきそうになって、ふと、鞄もなにも持たないで、それこそ電車賃と、ちょっと寄り道してお茶を飲むくらいの、夏目漱石を一枚パンツのバックポケットに忍ばせて、部屋を出て行きたくなる。普段移動する個室=車で出かけることを好んでいる僕でも、少しだけあるいてみようか、とか電車に乗って知らない風景を探しに行こうかとか、空気公団のこのアルバムの曲一つ一つが、まるで追い風となって僕の背中を押してくれるようだ。
空気公団はこういう書き方をすると怒られてしまいそうだが手っ取り早い話"下北"テイストの色濃い3人組のユニット。このアルバムがメジャーでは2枚目だそうだ。このアルバムはそのユニットの名前、「公団」という響きとジャケットに惹かれて買った。絵本やオリジナルブック、それにCD製作といわゆるミュージシャンという枠にとらわれず、ライブも基本的にはしないという。アルバムのプレイヤーリストを見ると分かるが、ソングライティングとヴォーカル以外の3人の役割分担がなんというか微妙で、そこら辺「公団」ぽいなあとアルバムを聴きながら。思った。ジャケットや「空気公団」という名前にたがわず、アルバムの中身もやわらかい内容で、楽器の音が良く生きている。「Superman」のcarnation矢部氏のドラムワークが特にM1とM4「約束しよう」でアクセントになっているし、エムトロンの音もこのアルバムを聴いている間の時間の流れを緩やかにしてくれるかのようだ。
ただ単なる輪郭の少ない、ぼんやりとしてしまうようなアルバムではないし、「癒し」とかいうのとも根本的に違うと思う。第一、最近「癒し」とかいわれる唄に限ってぱつんぱつんに切羽詰っている内容をただのんべんだらりと歌っているだけのものが多くて、辟易しているし。M4の「約束しよう」を核としメインタイトルとしている空気公団のミニアルバム、そこには思考とぼんやりと軽やかさとほのかな影が非常に微妙なバランスで混ざっている。だからスニーカーのように気軽に聴ける。そしてなにか外に出ようと思う。外に出てバスを待ちながら、路地を徘徊する猫に目配せしながら、心持ち控えめな音量のヘッドフォンから流しておきたい、と思う。
僕は田舎の生まれの人間であり、生活も多分田舎の方が圧倒的に長い。そういう目を通して見るからかもしれないが、このアルバムの一曲一曲の後ろに流れる風景の視点がとっても低いところに、とても都会的な音楽の匂いを感じる。それはきっと、想像だけれど、どちらかというとそれまで薄汚い格好のミュージシャンによってギターをかき鳴らしながら奏でられている陰鬱もしくはアジな唄が氾濫していた70年代くらいに、ぽっと現れた荒井由実やSugar Babeみたいなものなのかも知れない。そばに居るような気がするのに不思議とベタベタするような印象がないのは、空気公団が奏でる音や唄がそうした都会性に満ち溢れているからなのだと思う。別に全国のCDショップであまねく平等に買えなくたってそれはそれで自然なような気がするほど、都会的である。都会的というと無機質で、冷たい或いはとがったイメージが浮かんで来がちだが、こういう柔らかな都会性もあることをこのアルバムは気づかせてくれた。それに、このアルバムが気になってしまうのは、最近のメガヒットはほとんどが田舎臭いものであることとも関係があるのかもしれない。まさしく、一服の清涼剤である。
ぶんせきは
KENTARO