「LOVEマシーン」 T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
モーニング娘。 1999
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
ヒットソングと社会の動きというか、情勢、風俗みたいなものに結び付けるっていうのは、よくあることだ。景気が悪いからこういう歌が流行るとか、そういうこと。個人的にはあんまりそういうモノの書き方は好きじゃない。音楽の評論と銘打っておいて、結局「ゲンダイシャカイ論」みたいに結び付けられてしまうのは、何より、それをつくったクリエイター達が困惑してしまうだろうと思うし、それに対して肯定も否定も出来ないだろうと思うからだ。だいいち、恐らくクリエイターの皆さんはそんなことを考えてまでモノを作ってはいないと思うし、特に音楽畑のヒトが、社会論ぶちまくるのは興ざめであり笑ってしまう。
あるメディアで、この「LOVEマシーン」が「ええじゃないか」であるかのような書き方をしているのを目撃し、その聴き方のツマンナサに絶句してしまった。景気が悪いからみんなで恋しましょう、ってアホみたいじゃん。この唄の製作に携わっている人々全てがなんか気の毒になってしまった。
モーニング娘。は、まあ旧来的な枠で括ってしまうと「アイドル」という奴である。特にアーティストヅラをふかさない、非常にある意味ピュアな成り立ちのアイドルである。今までの楽曲も、その「色」こそ濃かったものの、何作か重ねていくうちに、いわゆる「モーニング娘色」が形成され、良くも悪くも世の中はそれに慣れていった。そうなると、一時のような瞬間的爆発力には欠くようになる。ちょうど、「太陽がいっぱい」あたりを唄っていた光GENJIのようなかんじ。それは、ここ2作のセールスが実証している。
「ここらで一発カマしたろうやないけ!!」と、こういうアイドルのプロデュース部隊の方々はいつも思うに違いない。そしてこの壁を一つ打破したとき、そのアイドルはまたひとつ大きくなれるのである。ただ、それはなかなか簡単な事ではない。一人モノのアイドルでは、そういう壁をうまく乗り切っている人も多い。一昔前は、洋楽のカバーで趣向を変え、セールスを復活させるという方法が多くとられた。西城秀樹の「抱きしめてジルバ(Careless Whisper)」、郷ひろみの「哀愁のカサブランカ」なんかがそれに当たる。郷ひろみは相当これに味を占めたのだろう、最近もやらしいタイトルを付けた洋楽のカバーをうたい、スマッシュヒットを飛ばすと同時に警察に捕まってみるなどしてがんばっている。ところがグループモノになると、どういう訳かこの壁がうまく破れない。大別して1.壁を破るタイミングを見計らいすぎて撃沈(光GENJI、Winkなど)2.壁を破ろうとしたが切り札として出してきた楽曲があまりにもトホホなもので逆にイメージダウン(シブがき隊、曲はもちろん「スシ食いねえ!」)3.壁を打ち破るまもなく自己消滅(男闘呼組、少女隊など)に分かれると思う。長続きしているSMAPは、それを知っているからなかなか人気のピークってものを作らずに、ある意味「ダラダラと」王者の座に君臨している。これはこれですごいことだが。
で、モーニング娘。である。「LOVEマシーン」で、一応ばくち打ってきたと見ていいと僕は思う。そんで1位である。なんだか知らないけどあのぶっ壊れた振り付けが各方面で評判である。うまくいっているのである。こういう脳天気さは僕のとても好むところである。ちょうど一年前にモーニング娘。のことを書いたときに触れた「頭の中グルグル感」がいかんなく発揮されていて見ていて、聴いていて楽しい。それ以上にこのばくちの勝因は「ビンボ臭くない」ことだと思う。アイドル人生曲がり角、セールスも落ちてきている、そんな時に無意識に悲壮感とか、せっぱ詰まった感を隠し切れないものだが、この人たちにはそんなもんまったく見えない。「モーニング娘!」と声を大きくして周囲に叫び散らかしていた人の数は、ここの所落ち着きつつあった。叫ぶのを止めた人もいることだろう。止めちゃった人も、この「LOVEマシーン」なら気軽に「モー娘って、やっぱいいよね」というコトバを発することが出来ると思う。「スシ食いねえ!」で「シブがき隊って、やっぱいいよね」とは言えなかったはずである。