「Lifetime Respect」 (7/2)
三木道三 2001
T0P/KINKYO / BACKNUMBERS /


今溢れまくっているこの曲。先日なんぞ某在京FMを昼からずっと流していたら、この曲と桑田圭佑の「波乗りジョニー」が1時間に1回くらいずつ流れて、ヘビーローテーションここに極まれりという感じである。またコテコテのレゲエ・サウンドであるからして、一旦耳にこびり着くと離れない。首をメビウスの輪状にぐるんぐるんついまわしてしまう。単調もうまく流れをつかむと、ウイルスのように大衆に伝播してしまう。この曲のヒットという形で三木道三が起こしたムーヴメントは、まるで強力な感染病のようだ。

なーんていう、WHAT'S INとかの大政翼賛系音楽誌にありがちな賛辞はこのくらいにして、この三木道三の曲を聴いて考えちゃったこと、それは「方言とレゲエのマッチング」についてであった。僕はレゲエはよくわからない。ジャンル決めうちで聴いているわけでもなく、せいぜいBIG MOUNTAINが流行った時に両手を上げた怠惰なポーズで踊ってみたことがあるくらいの経験値しか持ち合わせていない。ボブ・マーレイも「ああ〜い・しょっと・ざ・しぇり〜ふ」くらいの知識しか持ち合わせていない。何の気なしに、なんとなく売れてきたみたいな曲だけを聴いてきている多くのリスナーのレゲエ認知っていうのも、まぁ大体こんなもんだと思う。

それに、ことJ-POPではいままでレゲエというリズムを使うのは「色物」っぽい意味合いでもあった。数あるリズムの中の一要素というか、ちょっとレゲエっぽくしてみました、とか、今回はレゲエ・サウンドで、とかっていうものである。ヒットしてきたレゲエに近いサウンドを持った曲というのは、織田裕二とM・プリーストのあの曲を含めての多かれ少なかれみなそうだ。M・プリーストはあの曲では色物のスペシャリストとして招聘されたに過ぎない。

ところが、三木道三は違うらしい。過去にコラボしたMOOMINと同様に、筋金入りのレゲエな人らしい。どうしてそこまでしたら国籍変えないかなあというくらいに。彼のこの「Lifetime Respect」は歌詞の全編にわたって大阪弁が展開されている。しかし、聞くところによると、彼は大阪のヒトというわけではどうもないらしい。彼がネイティブかどうかは、しかしこの際あんまり問題ではない。それよりもこの曲のレゲエのリズムと旋律に、大阪弁という方言が非常にきれいに乗っている。そして、こうした海外のオリジナル色を色濃く持つリズムを、日本語で表現する時のこそばゆさ、格好悪さがかなり上手に薄まっているのである。僕はことあるごとに、日本のHIP HOPと呼ばれるジャンルのアーティストたちの不自然に熱すぎる歌詞や、所詮はYELLOW JAPであることを隠しきれない様に失笑を禁じ得ないことを書いてきたが、そのような印象が極めて薄い。この曲では日本の土着性を感じさせる方言というものを使う事でそのリズム本来の持つ土臭さに近付く事が出来ているのだ。とても自然に聴こえる。加えて「男気溢れる」と一部で称される寒すぎる歌詞も、大阪弁というオブラートにくるまると、ウルフルズ的なダサかっこいい不器用エネルギーに昇華されて、なおよい。往年の「DA-YO-NE」シリーズでついえたかに見えた方言の歌詞使用に新たな可能性を見る事ができるような気がした。

そもそも、どういう仕組みでか知らないが、アッチもんのレゲエも英語で唄っていても方言めいた、違った発音イントネーションである(あれがジャマイカでの英語の発音、ということなのであろうか)。三木道三のこのやり方は、そうした視点でもごくごく自然で、きれいにまとまるのも納得できる。日本語によるレゲエ・チューンがポピュラリティを持つ事への突破口を開けた第一歩はとても意義深い。

〜追記〜
「一生一緒にいてくれや」っていうコトバがプロポーズだとしたら、それは字面だけだとアノ最中に関西男に使用されるとされる「ええか〜、ええか〜」ってのと同じくらい、東の女の人には嫌われそうなもんなんですけどね。唄のチカラは偉大なり。



ぶんせきは
KENTARO