「村下孝蔵について」 T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
〜歌人〜
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
突然の訃報であまりにもびっくりしている。彼の46才という年齢は「急死」というニュースに現実味がありそでなさそうある。これがとてもとても若い、これからのミュージシャンであれば、事例は少ないもののそうやって「逝って」しまった人々はある意味伝説化している為、心に刻まれる印象は濃いから比較的「ああ(またか)、そうなんだ」みたいな風に受け取れるのだけれど、村下孝蔵の訃報には「まさか」の印象がとても強かった。これからますます脂が乗ってきて、70になってもモズライトを片手に「一人ベンチャーズ」で人々を驚嘆の渦に巻き込むのだと思っていたからだ。
そうはいうものの、僕は彼の音楽のヘビーなリスナーとは到底いうことの出来ない人間の一人である。知っている曲はシングルの曲が多いし、アルバムを通して聴いたのも「清涼愛聴盤」と「歌人」の二つだけである。しかも、その二つについてどうこう書くほど聴き込んではいないし、村下孝蔵自身にも詳しくはない。なのになぜか、彼の訃報を聞いて、なにかこうとてつもないものを失ってしまったような気がする。
僕の大好きな唄は「ゆうこ」。「踊り子」や「初恋」の方が有名で、特に「初恋」はオリコンで3位までのぼりつめるヒットとなったから、ご存知の方も多いかと思う。しかし僕にとっては「ゆうこ」が一番気に入っている作品である。ピアノを弾く美しい女性を見つめる唄の中の主人公のまなざしは、他の村下孝蔵の作品においても共通するものである。この唄に出てくる女性は、ミステリアスで、そうとうな「いい女」に見えてくるし、またそれを包み込むアレンジも和を感じさせつつどこか不安定な、唄世界を申し分ないほど引き出している名アレンジだと思う。
村下孝蔵の声はクリアで切なげである。それは先に述べた「まなざし」にとてもふさわしいものであるが、それがあのなんの変哲もない、本当にそこらへんにいそうな「ちょっとしょぼいサラリーマン然とした」ルックスの村下から発せられる、そのギャップも好きだった。「ゆうこ」を見つめる男の視線、それは表面的には不器用で、照れ屋かもしれないが、暖かいまなざし。それを唄う村下の目に感じとることが出来る。推測だが、訃報を掲載した新聞に、奥様の名前が喪主として載っていた。奥様の名前は「裕子」と書いて「ひろこ」とお読みするそうだが、もしもこの「ゆうこ」という唄を、村下孝蔵が奥様に向けて書いたとすれば、愛する人に唄を書きながらそれに対する照れやストレートに書けない不器用さがかいま見えるこの「ひろこ・・・ゆうこ」の読み換えも、いかにも村下らしい。
そして、唄と同時に印象深いのは、彼のその卓越したギター・テクニックである。「一人ベンチャーズ」のような離れ業はもちろんだが、唄を唄うときのギタープレイにもその「うまさ」は光っていた。最後に僕が彼の姿をブラウン管を通してみたのは、近所の楽器屋でやっていたヤマハのCPXという新しいギターのデモを見に行ってもらってきた(CPXの)プロモーション・ビデオである。その中で在りし日の村下は、CPXのデモという形で、見事なギター・プレイを披露していた。それを見て感動したことは、「きんきょうほうこく」のどこかにも書いた記憶がある。
「遅れてきた叙情派」ともいえるだろう、村下孝蔵のデビューも比較的遅かったから晩成型の人生だったのかも知れぬ。その遅れは、それでも逆に急激に軽薄化、エレクトリック化、横文字化し始めていた80年代初頭のミュージック・シーンにおいて新鮮に映ったところもあったのか、着実に、言葉通り「根強い」人気を今日まで保ってきた。しかし、死はあまりにも急に彼を襲った。晩成型だからこそ、同じ世代の他のミュージシャンに比べて、彼の頭の中の「これからやりたいこと」は多かったに違いない。今日は七夕。本当なら恒例の「七夕コンサート」のステージに彼は立っていたはずだった。月並みな物言いだけれど、本当に惜しい。心からご冥福をお祈りする。
ぶんせきは
KENTARO