「Picnic」 T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
〜うつむき加減の〜
rumania montevideo 1999
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
一昔前だったらこういうルックスで「Picnic」というタイトル、必然的にいわゆる「元気のいい」タイプのバンドという連想ができる。たとえば初期のLINDBERGやJITTERRIN'JINのような(スペルもおぼつかない)。ところがどっこい、このルーマニア・モンテビデオというバンドはどうも事情が違っているようだ.
JITTERLIN'JINやピンクサファイア、LINDBERG全盛の頃の学園祭、のようなものには、決まってバンドが現れていた。学生バンドというか、まあ、バンドの出来損ないみたいな人々がかわるがわる現れては、「音楽のようなもの」を演奏して帰ってゆく。みんな人前で演りたくて演りたくてしょうがなくて手を挙げたくせに、つまんなそーな顔をして演奏している。ベースなんか、足でリズムを取ることすらしていない。どうしてこの4人ないしは5人の演奏が、1つの音楽たり得ているのか、不思議なくらいの光景である。照れているようだが、照れくさいんだったら最初からでなきゃいいと思ったりした。
ルーマニア・モンテビデオも、そんなへなちょこ高校生バンドに勝るとも劣らないくらい、「うつむき加減のバンド」である。もしもこの「Picnic」、先に詞ができたのならば、そうしたバンドカラーを考慮したかのように曲をつけたような仕上がりである。バンドというよりは、B級モーニング娘というか、シングル3枚でさよなら的な女性ヴォーカルグループが唄うほうがはるかに似合っている。まっすぐ物事を考えるのならば、この曲、あんまりバンドっぽくないのである。
唄もうまくないし、お世辞にも演奏が上手というわけでもない。サウンドもとてもじゃないけどクリエイティブといえたもんじゃない。ボーカルさんがCDTVかなんかで、「Picnic」という題とはそぐわぬ歌詞世界云々といっていたが、結局昨今の邦楽のご多分に漏れず歌詞は至って支離滅裂である。それなのにとても気になる。まるでなにか奥歯に挟まったような、引っかかるものがある。
最初に書いた「へなちょこ高校生」然とした佇まい。それが気にかかるのである。今のワカい人たちは恐らく違うと思うが、僕みたいにオジさんになってしまうと、みんなみんな、うつむき加減で楽器を弾いていたあの頃、をどうしても彷彿としてしまうのである。僕のようにバンドをやっていた人間にとっては、あの頃の自分をどうしても思い出してしまう。そしてルーマニア・モンテビデオをテレビで見るたびに、過去の恥部をさらけ出されているような、居心地の悪い気分になる。それは、つまんなそうに演奏をしている輩をあきれてみている自分と、そうとは言えどもやっぱり自分のバンドの出番になると結局うつむき加減になってしまってた自分が交錯して、太田胃散飲みたくなっちゃうほどである。よくいう「素人っぽさ」という使い古された言い回しを超えるような雰囲気だけは、このバンド、持っていると思う。
それにしても、ボーカルの女の子が音の出るドラムをちゃんとたたいている姿を、死ぬ前にいっぺんでいいから、拝んでみたいものである。
ぶんせきは
KENTARO